働くこと、生きること

どうも。チームばふぁりんの佐藤です。

月日の流れは早いものでFLEDGEの11期生として活動をはじめてだいぶ経った。
今期はテーマが「働く」と定まっていることもあって、以前より「働くこととは?」と考えるようにもなった。
そんな私は現在就活生である。

働くことを考えるとまず、今のアルバイト先のコンビニが思い浮かぶ。
せわしない感じが好きではなくて、週一しか入っていないけれど。
コンビニというのはその定義上、必要以上にお客様とコミュニケーションをとるわけでもないし、学べることも特にない。
ただただ時間をお金に変換する作業である。
私から言わせると、私の周りでは最も多い就職先であろうアパレル販売員も同じようなものでそもそも服を売るのにノルマがあるというのが理解し難いのだ。というのも、私は、服というのは作り手の意思を表すツールのようなもので、それに共感してくれた誰かが買ってくれることに意味があると思っている。それを簡易にお金に換算してしまうのが気持ち悪いし、それ以前に想いがこもっていない消費されるだけの服を作っている会社が多くてうんざりしている。
販売員達はノルマの為に何でもかんでも「似合っていますよ」と言ってくるし、たいしてセンスのないコーディネートを押しつけてくる。
それでいてあの人達はあの人達で、自分のやっていることに疑問を感じて鬱になって辞める人も少なくないのだ。
そんな現状を目の当たりにして、働きたいなんて思えるわけが無かった。

そんなもやもやと共にワークショップのテーマである「働く」を考えてきた訳だが、生きることと直結している分、環境と自分らしさを重要視していきたいと、最近になってぼんやりとはしているものの、答えには一歩近づいた気がしている。
それから思うのは、私と同じように働きたいと思えない人が大勢いるのではないかということ。
でも、それは決してやりたいことが全くない訳じゃないと思う。
やりたいことと働くことがうまく結びつかないとか、今の当たり前に当てはめようとして、それが出来ずに苦しんでいるのではないか。少なくとも、私はそうだ。

一度しかない人生ならば、既存のルールや常識に従って生きるのは惜しい。
新卒で働くのが正しいとか、正社員じゃないと駄目だとか、そんなことに縛られてしまっては、面白い未来なんて見えてこない。単純に何がしたいとか、誰と居たいとか、どこに行きたいとか、常識ばかりに捕らわれて見えなくなった、捨ててはいけないものがある気がする。
多くの人がまだ、沢山ある選択肢のなかで、自分にとって何が一番大切なのか見極められていないのだ。でもそれは簡単な事ではないから、焦って決めることでもない。

だいたい、人間なんて大抵100年も生きていられないんだし、何をしようと最悪死ぬだけだから、もっと自由にいたいと思う。もっと自分の欲望に忠実でいいと思う。

私はこの学生最後の夏を使って、自分が最も自分でいられる働き方を探してみたい。