ワークショップにおける面白いについて考えてみた

はじめまして。FLEDGE11期生・DIS52の吉澤大志です。FLEDGE内では“ずん”と呼んでもらってます。「ずんってなんだよ」という人もいると思うので自己紹介もかねて由来を説明します。僕は大学の軟式野球部に所属していて、そこで体験入部初日に言われたある先輩の「芸人のずんの飯尾に似てる」という一言から一部の先輩方からずんと呼ばれるようになりました。先輩方には、かわいがってもらっています。

まあ自己紹介はこんなもので、FLEDGEに参加しようと思ったきっかけとしてはゼミの活動でシリアスゲームを作ったり、参加者としてワークショップをに参加する機会が多く、ワークショップの作り方を学べる勉強会があることを知り応募に至りました。DIS52でミーティングをくりかえしていき徐々にワークショップの枠組みが作り上げられていく中で、ワークショップにおける“面白さ”って一般に定義されている言葉の意味とは少し毛色が違うように感じました。このワークショップにおける“面白さ”を解釈するためにはこれまで参加してきたワークショップの中にヒントが隠されているのではないだろうかという前提のもと話を続けていきたいと思います。まだまだワークショップ実践初心者ですのでご容赦ください。

ワークショップって学びが生まれるの?

 はい、タイトル通りの問い「ワークショップって学びが生まれるの?」。これまで僕はいくつかのワークショップに参加してきました。参加するきっかけとしては何となく活動が面白そうだと感じること、つまりワークショップのタイトルに惹かれて参加することが多いですね。今まで惹かれたワークショップタイトルは「Playfulってなんだろう?」とか「選挙について考えてみよう」とかです。

 ワークショップは学びを創発させるデザイン設計です。これまで参加したワークショップを振り返ってみると「こんな考え方をしている参加者もいるんだ」と感じたことがある一方、「おお!これを俺は学んだぞ!」というような感覚になったことは一度もありません。ワークショップ実践者の方に感想を聞かれても「あ、楽しかったですよ」みたいな気の利いたコメントも返せなかったです。それは自分自身学びが生まれていなかったからだと思います。そのため実践者側に学びを生まない中身の薄い感想しか述べられませんでした。他の参加者も同じような感じ方をしているのであれば実践者側のデザインに問題があるのかもしれないです。

ですが、自分だけが学びを生み出せていないというのなら参加者としてのスタンスが悪いのかもしれません。ワークショップでありがちだと思うのが学習を引き起こすまでつながらず、ワークを行って「あ~楽しかった」で終わってしまうことです。自分もこの状態でワークショップを終えてしまっていました。せっかく参加しているのにもったいないですね。そうなってしまう原因として考えられたことが学習を引き起こすワークに非日常的なものが多いからではないかというものです。僕たちDIS52がプレ実践で行ったAilien Workshopを例に挙げて説明すると、このワークではBOSSのCMのワンシーンにアテレコすることにより働くの思い込みを覆すというものでした。普段の生活の中でアテレコをしようということはまずありません。普段しないアテレコをすれば少なからず楽しいという感情は芽生えるはずです。しかし学習が引き起こされないということはワークショップにおける「面白い」は普段の生活におけるテレビを見て楽しいとかゲームが面白いとは違うということになるのではないでしょうか。ワークの楽しさ≠ワークショップの面白さのように感じてきたました。ワークを純粋に楽しんだだけではその先に起こる学習に本当に結びつくのか。葛藤の中で生まれて出てきたものが学習につながっていくのではないだろうか?これが一般に定義される”面白さ“とワークショップにおける”面白さ“の毛色の違いに現われてきたんだと思います。

ワークショップにおける面白さを自分なりに解釈してみた

 さて、実践歴半年にも満たない僕が自分なりにワークショップの面白さについて考えてみました。僕のない頭を使って出た結論は「簡単に達成できたり、考えられるものは面白くない」ということです。たとえばワークの内容が“楽しい会社を作ってください”というものであればテレビがほしい、マッサージチェアがほしいなど欲望のままにアイデアが出てきます。ワークをやっている間は面白いのかもしれないですがこれで学びを得ることは難しいと思います。学びを生み出すためにはいいさじ加減の葛藤が必要です。

 ワークショップデザイン論にも書かれていた「怖いけど安心するカフェ」。アイデアが出そうで出ないような葛藤や制約の中で生まれるアイデアが学習につながっていくんだと思います。この言葉では言い表せないようなモヤモヤ感がワークショップの面白味なのかなと思います。「このモヤモヤ感に僕は今まで出会ってきてないんだろう。だから学びを得られていないんだろう」と自分に言い聞かせています。きっとモヤモヤ感を得られた時に初めて僕は何かを学んだといえるような気がします。

 自分で書いていて、いざ実践者側からの視点に立つとモヤモヤ感をデザインするのって難しいな思っています。ワークショップを作ったり考えたりする人ってほんとにすごいと改めて感じました。先日私たちDIS52の本実践が終了しました。本実践で参加者に心地よいモヤモヤ感を持って帰ってもらえたのか?モヤモヤ感をデザインできていたのか?参加者に感想を聞くと楽しかったといってもらえたが、前述したように楽しかったでは学習が起きていないという自分の仮説があったので実践終了後に自分にモヤモヤ感が残った本実践でした(笑)