チームでのワークショップデザインを終えて

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「Death Startup Workshop ~「死」を自分のものにするために~」無事、実現。

半年間のひとまずの集大成である「本実践」は、一言で言えば「とてもうまくいった」と感じている。参加者やチームのおかげで、またファシリテーションやプログラムも功を奏し、オープンでぬくもりのある、それでいて真剣な「良い場」になった。もちろん改善の余地などはあるわけだが、それでもよくできた終わりだった。

何がこの結果を生んだのか

私たち(チーム名:ミックスグリル)は最後の第6回勉強会で、「良いワークショップとは、良い流れ(きれいでぬくもりのある流れ)があるもの」という仮説を述べた。実際、本実践を行う上でも、テーマやコンセプト、告知、広報、事前アンケート、当日のプログラム、そして終了後のお礼やつながりの継続といった一連のスムーズな流れは、その場にいる皆が気持ちよく時や場を分かち合う上で、非常に重要な要素であった。「全体の流れが美しいと思えるかどうか」という視点は、プログラムのグランドデザインにおいて不可欠だと言っても過言ではないように思う。

また、ファシリテーションにおいては、「明示性を上げる」というただ一点を集中的に工夫した。勝手に省略せずに、全体を通して何をしようとしているのか、だから今は何をするのか、あるいは(チームで事前にシミュレーションを繰り返しているからこそ分かっている)その時々の注意点は何かを、参加者に委ねる前にきちんと明示しておく。さらに、タブーのない場であることを示すために、タブーそうな例を前もって場に共有するなどした。これらの工夫が、プロセスへの納得感を引き出し、ひいては場の安心感や参加者のオープンさ、そして本筋に思考を集中させるプログラム運用につながったと考えている。

「チームづくり」のしくじりは最初にあった!?

続いて、13期全体でざわついた「チームづくり」について振り返ろうと思う。最初のチームミーティングで、私たちは半年間の個人目標とチーム目標、そして3つのグランドルールを決めた。当初設定したチーム目標は「一人ひとりが健康になる」で、グランドルールは、

①自分の健康目標とその進捗(実践状況)を毎回ミーティングの最初に共有する。
②ミーティング時間を厳守し、深夜はしない。
③毎回まとまった結論を1つは出す。

だった。

半年間を終えて今思うのが、「チームづくり」的にはここで既にしくじっていたということである。いや、ミックスグリルは特異な例で、チームとして崩壊したり分裂したりしたわけではなく、むしろうまくいった方なのだが、それでもチームとしてもっといいチームになれただろうとも思うわけで。

「チームづくり」的に何がしくじりかと言えば、目標やグランドルールが、チームのあり方の目標をほとんど語っていないことである。つまり、「どんなチームにしたいのか」という問いに応えていないのだ。よって、目指すチームのあり方を実現するプロセスの目標もほとんど話していない。

ミックスグリルの場合、健康になる(状態目標)ために、健康目標を設定してその進捗を毎回のミーティングで共有する(プロセス目標)ということは決めていた。これは一見、「どんなチームにしたいか」という問いに、「健康なチームにしたい」「今期は健康をテーマにワークショップを作るのだから自分たちがまずは実践しよう!何であれまず自分が実践するチームにしたい」という形で応えているように見える。しかし、それは錯覚だった。実際にはチームとして協働していく上での自分たちにとってのチーム観なり理想のチームのあり方をほとんど共有できていなかった。チームとしてどんな状態や性質を目指していて、そのためにどんな風に一人ひとりが関わるのかの明示性が低かった。結果的に、たとえチームとして機能していなくても、何を共有された基準として自分やメンバーに働きかければいいのか分からず、自分がやることはきちんとやるけど、メンバーに対しては特に何も言わない、みたいなスタンスになってしまった。

どうすればよかったのか~2つの問い~

要するに、「チームづくり」をまともに展開していくために、最初に「どんなチームにしたいか」と「そんなチームにするために大切なこと・必要なことは何か」というこの2つの問いにもっと真剣に向き合うとよかったのではないか。その明示性の低さゆえに場の空気が悪くなることが少なくないと思う。確かに、ほとんど初めてに近く、かつフラットな関係性で集まっている人たちとの最初のミーティング(コミュニケーション)でそんな深く鋭い話をするのは容易ではなかった。しかし、それでもそこを浅く流してしまうと、合意がない中でそれぞれがそれぞれの基準で動き、「まぁでもいろんな人がいるからしょうがないよね」(多かれ少なかれそういった面は残るが)などと納得したふりをしつつも、イライラを募らせることになるだろう。途中からでは手遅れもしくは余計にコストがかかる気がするので、最初に話しておくべきことだろうと今になって強く思う。

例えば、「どんなチームにしたいか」という問いで、「安心・安全なチームにしたい」というものが出るとする。あるいは、「一人ひとりがイキイキ活躍できるチームにしたい」とか、「個が蔑ろにされずに全体としてうまく機能するチームにしたい」とか、「楽しいチームにしたい」とか、「自己開示・自己表現し合えるチームにしたい」とか、何でもいい。そして、「安心・安全なチームにしたい」のなら、そのために何が大切か、具体的にどんなことが必要かを出し合っていく。あるいは、どんなことがあると安心・安全が損なわれるかを考えてみるのもいい。平穏な気持ちでなくなるときってどんなとき?何が侵されるとイライラする?悲しくなる?……。(ワークショップできそう!)

気づいてしまった!「チームづくり∽場づくり」仮説

さてさて、ここまで考えてくると気づくのが、これは結局「場づくり」の話でもあるということだ。「自分たちが一緒になってつくりたいのはどんな場か」という問いに通じるのである。すると何ということでしょう、「ファシリテーション」の方向性も見えてくるではありませんか……。

結局のところ、多様な他者との協働はそりゃ難しいのだが、それでも違った姿が見られたのかもしれないと思えてならない。ミックスグリルの場合も、ゆるくて楽しいムードと様々なシーンを思い出してニヤニヤしちゃうが(笑)、チームとしてはもう少しよくなれたと思う。今回のこの体験や学びを、今後の「チームづくり」や「場づくり」にドシドシ活かしていきたい。

 

 


(筆者プロフィール)

山之内康介(やまのっち)

愛媛県今治市出身
今治西高校を卒業後、神戸で1浪
現在は上智大学総合人間科学部教育学科4年
キーワードは、学びと気づきと場づくり
卒論のテーマは「在り方とつながり生き方につなげる力としての自己実現力」